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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)37号 判決

原告

春日博道

右訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

羽倉佐知子

被告

荒川税務署長

清水順

右指定代理人

武田みどり

外四名

主文

一  被告が昭和六二年三月一三日付けでした原告の昭和五八年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。

二  被告がいずれも昭和六二年三月一三日付けでした、原告の昭和五八年分の所得税の更正のうち総所得金額二九七万七五九二円、納付すべき税額一九万九二〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、原告の昭和五九年分の所得税の更正のうち総所得金額三四一万二四三七円、納付すべき税額二六万五五〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定並びに原告の昭和六〇年分の所得税の更正のうち総所得金額三七四万九六一七円、納付すべき税額三〇万八〇〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも昭和六三年一一月八日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)、被告が昭和六二年七月三一日付けでした原告の昭和六一年分の所得税の更正のうち総所得金額二九五万七〇一七円、納付すべき税額一六万七三〇〇円を超える部分並びに被告が昭和六三年七月二九日付けでした原告の昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額二四〇万〇〇九七円、納付すべき税額一〇万五四〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の確定申告等

原告は、東京都荒川区〈住所略〉の事業所において印刷業を営み、その所得税につき被告から青色申告の承認を受けていた者であるが、被告に対し、昭和五八年分から同六二年分までの所得税について、いずれもその法定申告期限内に、昭和五八年分については総所得金額を二九七万七五九二円、納付すべき税額を一九万九二〇〇円とする、昭和五九年分については総所得金額を三四一万二四三七円、納付すべき税額を二六万五五〇〇円とする、昭和六〇年分については総所得金額を三七四万九六一七円、納付すべき税額を三〇万八〇〇〇円とする、昭和六一年分については総所得金額を二九五万七〇一七円、納付すべき税額を一六万七三〇〇円とする、昭和六二年分については総所得金額を二四〇万〇〇九七円、納付すべき税額を一〇万五四〇〇円とする各青色申告書による確定申告をした。

2  被告の処分

ところが、被告は、原告に対し、昭和六二年三月一三日付けで、所得税法一五〇条一項一号の規定に該当するとの理由で、原告の昭和五八年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消すとの処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)をするとともに、これに伴い、同日付けで、原告の昭和五八年分の所得税について、総所得金額を三九五万七五九二円、納付すべき税額を三五万八九〇〇円とする更正(以下「本件更正①」という。)及び加算税額を七五〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定①」という。)を、昭和五九年分の所得税について、総所得金額を五六二万四四三七円、納付すべき税額を七〇万八五〇〇円とする更正(以下「本件更正②」という。)及び加算税額を二万二〇〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定②」という。)を、昭和六〇年分の所得税について、総所得金額を五五〇万六五一七円、納付すべき税額を六五万七五〇〇円とする更正(以下「本件更正③」という。)及び加算税額を一万七〇〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定③」という。)をそれぞれ行い、また、昭和六二年七月三一日付けで、昭和六一年分の所得税について、総所得金額を四六〇万七〇一七円、納付すべき税額を四三万三二〇〇円とする更正(以下「本件更正④」という。)を、昭和六三年七月二九日付けで、昭和六二年分の所得税について、総所得金額を三九〇万〇〇九七円、納付すべき税額を二九万七五〇〇円とする更正(以下「本件更正⑤」という。)及び加算税額を一万九〇〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定④」という。)を、それぞれ行った(以下、本件更正①から⑤までを総称して「本件更正」、本件決定①から④までを総称して「本件決定」という。)。

3  原告の異議申立て

原告は、被告に対し、昭和六二年三月三一日、本件青色申告承認取消処分並びに本件更正①から③まで及び本件決定①から③までについて異議申立てをしたが、被告は、昭和六二年六月三〇日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。また、原告は、被告に対し、昭和六二年九月二二日、本件更正④について異議申立てをしたが、被告は、昭和六二年六月三〇日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をし、更に、原告は、被告に対し、昭和六三年八月一六日、本件更正⑤及び本件決定④について異議申立てをしたが、被告は、昭和六三年一一月一〇日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

4  原告の審査請求

原告は、国税不服審判所長に対し、昭和六二年七月二二日、本件青色申告承認取消処分並びに本件更正①から③まで及び本件決定①から③までについて審査請求をし、これに対し、同所長は、昭和六三年一一月八日付けで、本件更正③の総所得金額五三〇万九六一七円、納付すべき税額六〇万九六〇〇円を超える部分及び本件決定③の加算税額一万五〇〇〇円を超える部分をそれぞれ取り消したが、その余の審査請求をすべて棄却する旨の裁決をした。また、原告は、同所長に対し、昭和六二年一二月二八日、本件更正④について審査請求をしたが、同所長は、昭和六三年一一月八日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、更に、原告は、同所長に対し、昭和六三年一一月一四日、本件更正⑤及び本件決定④について審査請求をしたが、同所長は、平成元年二月二八日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

5  本件各処分の違法

しかしながら、本件青色申告承認取消処分並びに本件更正及び本件決定は、いずれも違法であるから、原告は、請求の趣旨に記載したとおり、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1から4までの事実は認める。

三  本件各処分の根拠に関する被告の主張

1  本件各処分の前提となった税務調査の経緯

(一) 被告は、原告が印刷業を開業して以来長期間その所得税について調査を行っていなかったことから、帳簿書類の備付け状況及び所得金額を確認するために調査を行う必要を認め、被告所属の上席調査官丸子和良(以下「丸子調査官」という。)に調査を命じた。

(二) 丸子調査官の調査の経緯は、次のとおりである。

(1) 丸子調査官は、昭和六一年七月二三日を初めとして、何度か原告の事業所に調査のため臨場したが、原告が不在であったり、あるいは原告の多忙を理由に調査に応じてもらうことができず、その後、九月三日になって、ようやく原告から、同月九日午後三時からの調査に応ずる旨の回答を得るに至った。

(2) そこで、丸子調査官が同日原告の事業所に臨場したところ、そこには荒川民主商工会(以下「荒川民商」という。)の事務局長ら原告の事業に関係のない者数名が待機していた。丸子調査官は原告に対して右の者らを退席させるよう求めたが、原告はこれに応ぜず、また、右事務局長らも、丸子調査官に対し、「臨席してはいけない法律があるか」、「調査理由は何だ」などと言って退席しようとしなかった。そこで、丸子調査官は、このような状況の下ではそれ以上の調査の進展は望めないものと判断し、原告に対して、調査に対する協力と次回の調査日の連絡を依頼してその場を辞去した。

(3) その後も、丸子調査官からの連絡に対して、原告の方では、調査の席への民商の事務局長らの立会や調査理由の説明を要求するなどしていたが、翌昭和六二年二月一六日になって、同月一八日午後一時から調査を行うことを原告が了承するに至った。

(4) 同日、丸子調査官が被告所属の調査官天内洋(以下「天内調査官」という。)を同行して原告の事業所に臨場したところ、原告のほかに荒川民商の高橋事務局員が待機していた。この日も、原告は、丸子調査官に対して調査理由を説明することを要求し、右高橋事務局員を退席させるようにとの要求にも応じようとしなかった。更に、丸子調査官が帳簿を提示するように求めたのに対して、原告はダンボール箱に収納された状態の帳簿を指し示すのみで、それを箱から取り出して見せようとはしなかった。そこで、丸子調査官及び天内調査官は、それ以上調査が進展しないものとして、原告の事業所を辞去せざるを得なかった。

(5) その後、三月二日、被告所属の佐藤統括官が帳簿書類を提示する意思が原告にあるか否かを確認するため原告の事業所に臨場した際にも、原告は、かねて原告が被告のもとに提示していた質問書に対して文書で回答しない限り帳簿書類は見せないとして、被告からの帳簿の提示要求に応じようとしなかった。

2  本件青色申告承認取消処分の適法性

(一) 所得税法は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が同法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを青色申告承認の取消事由としている(同法一五〇条一項一号)。これは、納税者の帳簿書類について税務署長が同法二三四条の規定に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができた場合にのみ青色申告承認による特典を与えるとの趣旨に出たものであるから、青色申告者が右帳簿書類の調査にいわれなく応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長が確認することができないときも、同法一五〇条一項一号が定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解すべきである。

(二) これを本件についてみると、前記のとおり、原告は、被告からの度重なる帳簿書類の提示要請にもかかわらず、これを提示せず、そのため、被告は、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認することができなかったのであるから、原告の右行為は所得税法一五〇条一項の取消事由に該当するものというべきである。したがって、被告がこれを理由にした本件青色申告承認取消処分は適法である。

3  本件更正の適法性

(一) 原告の昭和五八年分から昭和六二年分までの所得税の総所得金額は、次のとおりである。

(1) 昭和五八年分の所得税について

① 申告総所得金額 二九七万七五九二円

② 加算金額 一三八万〇〇〇〇円

本件青色申告承認取消処分の結果、原告は、いわゆる白色申告者となるから、青色申告者が享受できる特典は受けられないこととなる。したがって、原告が昭和五八年分の総所得金額の計算に当たり計上した青色専従者給与の額一二八万円及び青色申告控除の額一〇万円の合計額一三八万円は、右申告金額に加算されることになる。

③ 減算金額 四〇万〇〇〇〇円

本件青色申告承認取消処分の結果、原告が青色事業専従者としていた原告の妻に係る事業専従者控除額四〇万円は、右申告金額から減算されることになる。

④ 総所得金額(①+②−③) 三九五万七五九一円

(2) 昭和五九年分の所得税について

① 申告総所得金額 三四一万二四三七円

② 加算金額 二六六万二〇〇〇円

前同様に、青色専従者給与の額一六八万円、中小企業者の機械等の特別償却費八八万二〇〇〇円及び青色申告控除の額一〇万円の合計額二六六万二〇〇〇円は、右申告金額に加算される。

③ 減算金額 四五万〇〇〇〇円

前同様に、事業専従者控除額四五万円は、右申告金額から減算される。

④ 総所得金額(①+②−③) 五六二万四四三七円

(3) 昭和六〇年分の所得税について

① 申告総所得金額 三七四万九六一七円

② 加算金額 二〇一万〇〇〇〇円

前同様に、青色専従者給与の額一九一万円及び青色申告控除の額一〇万円の合計二〇一万〇〇〇〇円は、右申告金額に加算される。

③ 減算金額 四五万〇〇〇〇円

前同様に、事業専従者控除額四五万円は、右申告金額から減算される。

④ 総所得金額(①+②−③) 五三〇万九六一七円

(4) 昭和六一年分の所得税について

① 申告総所得金額 二九五万七〇一七円

② 加算金額 二一〇万〇〇〇〇円

前同様に、青色専従者給与の額二〇〇万円及び青色申告控除の額一〇万円の合計額二一〇万〇〇〇〇円は、右申告金額に加算される。

③ 減算金額 四五万〇〇〇〇円

前同様に、事業専従者控除額四五万円は、右申告金額から減算される。

④ 総所得金額(①+②−③) 五三〇万九六一七円

(5) 昭和六二年分の所得税について

① 申告総所得金額 二四〇万〇〇九七円

② 加算金額 二一〇万〇〇〇〇円

前同様に、青色専従者給与の額二〇〇万円及び青色申告控除の額一〇万円の合計二一〇万〇〇〇〇円は、右申告金額に加算される。

③ 減算金額 六〇万〇〇〇〇円

前同様に、事業専従者控除額六〇万円は、右申告金額から減算される。

④ 総所得金額(①+②−③) 三九〇万〇〇九七円

(二) 以上のとおり、原告の総所得金額は、昭和五八年分が三九五万七五九二円、昭和五九年分が五六二万四四三七円、昭和六〇年分が五三〇万九六一七円、昭和六一年分が四六〇万七〇一七円、昭和六二年分が三九〇万〇〇九七円となり、本件更正に係る総所得金額は、いずれもこれと同額(昭和六〇年分については、昭和六三年一一月八日付けの裁決に係る総所得金額と同額)であるから、本件更正は適法である。

4  本件決定の適法性

右のとおり適法な本件更正を前提として行われた本件決定も適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1(税務調査の経緯)について

(一) (一)の事実は知らない。

原告は、昭和四八年以来、自らの印刷業の事業について、適式な帳簿書類の備付け、記録、保存をし、これに基づいて所得税の青色申告を行ってきたものであって、原告の申告は適正なものであり、その内容が誤りであることを推認させるような事実はない。また、所得金額の確認という口実は、税務調査のための質問検査権の行使の理由とはなり得ない。

(二) (二)について

(1) (1)の事実は認める。もっとも、丸子調査官は、何らの事前通知もなく突如原告方に臨場し、その際、原告は、業務が多忙を極めていたため、その旨を丸子調査官に伝えたにすぎない。

(2) (2)の事実のうち、昭和六一年九月九日に丸子調査官が原告の事業所に臨場したこと、その際、荒川民商の事務局長らが在席していたことは認める。

原告は、当日、作業所に机を据え、そのまわりに椅子を配置し、帳簿書類を入れたダンボール箱を用意して丸子調査官を迎えたのである。立会人については、丸子調査官は、はじめは難色を示したものの、強いて退席を求めようとはしなかった。原告が調査の理由を尋ねたところ、丸子調査官が「所得の確認」とだけ答えたので、もっと具体的な理由を教えてくれるよう求めたことはある。また、丸子調査官の「記帳しているか」との問に対して、原告は前記のダンボール箱を示している。また、丸子調査官は、日を改めて調査させてもらうといって退去したが、帰り際に原告に対し「次回に二人だけならば具体的な調査理由を教える」と述べている。

(3) (3)の事実は認める。もっとも、原告は、その間、丸子調査官に対し、帳簿書類は全部あるので見せる旨を電話等で伝えている。

(4) (4)の事実のうち、昭和六二年二月一八日に丸子調査官が天内調査官を同行して原告の事業所に臨場したこと、その場に高橋事務局員が立ち会っていたことは認める。

当日、原告は、ダンボール箱に入れた帳簿書類全部を展示して、丸子調査官に応接している。また、高橋の立会については、丸子調査官は「あなたの友人がいると思っている」と答え、事実上その立会を認めていた。ところが、その後、丸子調査官は、にわかに興奮し、「帳簿を見せるのか見せないのか」と居丈高になって机を叩いたため、驚いた高橋事務局員がダンボール箱から帳簿書類を出して、丸子調査官の方に向けて広げてみせたのに、丸子調査官は、「検査というものは私の手の上に置いて見える状態にしないと駄目だ」と言い残し、天内調査官を促して、退去してしまった。結局、丸子調査官は、原告が適式な帳簿書類を備え付けているのを確認しながら、それをあえて検査しようとせず、逆に原告の責任で検査できなかったかのような口実を作ることに汲々としていたのである。

(5) (5)の事実のうち、三月二日に佐藤統括官が原告の事業所に臨場したことは認めるが、その余の事実は否認する。

佐藤統括官が原告の事業所に臨場した目的は調査ではなく、「帳簿書類を提示する意思があるかどうかを確認したい」ということであったので、原告は、「提示するつもりである」と伝えている。

2  被告の主張2(本件青色申告承認取消処分の適法性)について

被告の右主張は争う。

所得税法一五〇条一項一号の文理上、被告のいう調査に協力しなかったことが、直ちに帳簿書類の備付け、記録、保存が法の定めるところに従って行われていないとの青色申告承認取消事由に該当するものということはできない。

また、本件では、前記のとおり、原告は、帳簿書類を被告の職員に提示し、その検査を求めたのにもかかわらず、被告の職員は、当初から原告に課税上の不利益処分を行うことを目的として、あえて原告が提示した帳簿書類を検査しようとしなかったのである。

3  被告の主張3(本件更正の適法性)について

(一)の事実については、本件青色申告承認取消処分が適法であるとした場合の所得金額が被告主張のようになることは認める。同(二)は争う。

4  被告の主張4(本件決定の適法性)について

被告の右主張は争う。

五  本件各処分のその他の違法事由に関する原告の主張

1  本件青色申告承認取消処分について

(一) 被告が原告に送達した本件青色申告承認取消処分の通知書には、所得税法一五〇条二項の規定が定める趣旨に沿う十分な理由が付記されていないから、右処分は、この点からしても違法である。

(二) 被告の原告に対する前記調査は、税務調査と質問検査の客観的必要性を欠くうえ、事前通知、調査理由の告知をあえて行わないなど、その方法においても社会的相当性を欠いており、所得税法二三四条一項の規定による質問検査権の行使の適法要件を具備していないから違法である。したがって、本件青色申告承認取消処分は、右のような違法な調査に基づく処分としても違法である。

(三) 被告は、かねてから荒川民商を敵視し、その組織破壊を意図していたが、その方針の一環として、荒川民商に加盟している原告を税務調査の対象とし、強いて口実を設けて本件青色申告承認取消処分を行ったものである。したがって、本件青色申告承認取消処分は、前記のとおり処分の個別的な適法要件を欠くばかりでなく、荒川民商の結社権を侵害する性格を有し、他事考慮に基づくものであることが明らかであるから、この点からしても違法である。

2  本件更正及び本件決定について

本件更正①から③まで及び本件決定①から③までの各通知書が原告のもとに到達し原告がこれを披見した時点では、原告は、未だ本件青色申告承認取消処分の通知を受けていない。そうすると、右の時点では原告は青色申告者として扱われるべきところ、青色申告に対して更正を行う場合には所得税法一五五条二項の規定が定める理由付記を要するものと解すべきであるから、この理由付記を欠く右の各処分は違法である。

六  右原告の主張に対する被告の認否

原告の主張事実中、被告の係官が調査に当たって事前通知を行わなかったことは認め、原告が荒川民商に加入していることは知らない。その余の事実は否認し、主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件各処分の存在等について

請求原因1(原告の確定申告等)、同2(被告の処分)、同3(原告の異議申立て)及び同4(原告の審査請求)の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二本件青色申告承認取消処分の適否について

1  本件では、〈証拠〉によると、本件青色申告承認取消処分の当時、原告のもとでは、昭和五八年から同六〇年までの事業について、所要の帳簿書類を備え付けてこれに事業所得の金額に係る取引を記録し、かつ、右の帳簿を保存していたことがうかがえる。原告は、まず、このことを理由に、原告については、所得税法一五〇条一項一号が青色申告承認の取消事由としている「帳簿書類の備付け、記録又は保存が適法に行われていないこと」の事実が存在しないから、本件青色申告承認取消処分は違法なものであるとするのである。

しかしながら、被告の主張するとおり、青色申告者が所得税法一四八条一項所定の帳簿書類の提示を拒否したため、その備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを税務署長が確認することができないときも、同法一五〇条一項一号が定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解するのが相当である。というのは、そもそも青色申告制度は、納税義務者が自己の記録、保存している正確な帳簿書類を基礎として納税申告を行うことを奨励することにより、申告納税制度が適正に機能することを目的とする制度であるから、納税義務者の帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われているとともに、その点を税務当局が的確に確認できるということが、その制度の当然の前提となっているものと考えられるところ、青色申告の承認を受けている納税義務者が正当な理由がないのに当該帳簿書類を税務当局に提示することを拒否したような場合は、たとえ客観的には当該納税義務者の帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていたとしても、税務当局がその点を確認することができない以上、やはり青色申告制度の前提自体が欠けることとなるものといわざるを得ないからである。

もっとも、右のような青色申告承認の取消事由が法規上明文をもっては規定されていないこと、また青色申告承認取消処分が納税者に対して一定の不利益を課する処分であること等からすれば、右のような取消事由の認定に当たっては、一定の慎重さが要求されるものというべきである。すなわち、納税義務者の帳簿書類の提示拒否の事実の有無は、一定の時点においてのみ判定されるべきものではなく、税務当局の行う調査の全過程を通じて、税務当局側が帳簿の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にみてできなかったと考えられる場合に、右のような取消事由の存在が肯定されるものと考えるのが相当である。

2  右のような考え方に立って、本件で原告に青色申告承認の取消事由となるような帳簿書類の提示拒否の事実があったか否かについて考えると、前記の当事者双方の主張に現れた本件に関する税務調査の経緯からして、昭和六一年九月九日及び翌昭和六二年二月一八日の各臨場調査の際の原告側での対応が右の帳簿書類の提示拒否に当たるといえるか否かが問題となるところである。

(一)  まず、昭和六一年九月九日の臨場調査の状況は、〈証拠〉によれば、おおむね次のようなものであったことが認められる。

(1) 同日の調査は、原告が九月三日の日に丸子調査官に対して九日の午後三時から調査に応ずる旨を連絡し、丸子調査官がこれを応諾したうえ、同時刻に原告の事業所に臨場して行われたものである。

(2) 当日、原告は、調査を受ける準備として、調査の際に使用される机の上を片付け、資料等が汚れないようにするためにその机の上に白い紙を敷き、椅子を用意した。また、昭和五八年分から昭和六〇年分までの帳簿書類の入っているダンボール箱は、壁際の棚の上に乗せた状態になっていた。更に、原告の方では、前もって荒川民商の小泉支部長等に当日の調査の立会いを依頼してあったため、丸子調査官が臨場した際、原告の事業所には、原告のほか、小泉支部長、高橋事務局員等数人の者が待機しており、また、椎橋事務局長等も少し遅れて原告の事業所にやって来た。

(3) 丸子調査官は、小泉支部長等に対して退席を求めたが、原告は、「私から頼んで来てもらっている」と言って、その要求に応じず、小泉支部長等も退席しようとしなかった。また、原告等が丸子調査官に対して調査の理由を説明するよう要求し、これに対する丸子調査官の所得の確認をするためとの説明に納得せず、更に詳しい説明を求めるなどのやりとりが繰り返された。なお、この間、前記帳簿書類の入っているダンボール箱は棚の上に置かれたままの状態であった。約二時間を経過した時点で、丸子調査官は、このような状況では調査の進展は望めないものと判断し、調査を打ち切って原告の事業所を退去した。

(二)  次に、昭和六二年二月一八日の臨場調査の状況は、〈証拠〉によれば、おおむね次のようなものであったことが認められる。

(1) 同日の調査は、前回の調査の後、丸子調査官と原告との間で、一方からの調査希望日や希望時間を他方が了承しないといったやりとりがあり、また、丸子調査官からの帳簿書類を預からせてもらいたいとの求めを原告が断るといったことがあった後、二月一六日に、両者の間で、二月一八日午後一時から丸子調査官の他にもう一人が加わって調査を行うとの了解が成立し、これによって行われたものである。

(2) 原告は、同日は、調査の準備のため早朝から事業所に赴き、机の上を整理し、ダンボール箱に入った帳簿書類を棚から下ろしておくなどの準備を整えた後、得意先回りに出かけ、午後一時ころ事業所に戻った。また、立会人については、今回は、原告の決算書等の書類の作成を手伝った高橋事務局員のみに調査の立会いを依頼しておいたので、高橋事務局員だけが原告の事業所に午後一時前に来て待機していた。

(3) 午後一時ころ、丸子調査官が天内調査官を同行して原告の事業所に臨場した。丸子調査官と天内調査官は、原告が調査のために準備した机(二つの机を並べたもの)の前に並んで座り、その反対側に原告と高橋事務局員が座った。その机の上(もっとも、天内証人は、机の脇の棚の上であったと証言している。)には帳簿書類の入ったダンボール箱が三個置いてあり、それぞれ昭和五八年分、昭和五九年分、昭和六〇年分との表示がされていた。

(4) その後、原告と丸子調査官との間では、高橋事務局員の立会をめぐるやりとりや、調査の理由をめぐるやりとりがあったが、丸子調査官からの帳簿の提示の要求に対しては、原告は、前記のとおり帳簿書類の入っていたダンボール箱を示して「帳面はここに全部揃っている」と言い、また、高橋事務局員は、そのダンーボール箱から帳簿書類や伝票類を一部取り出して見せて「ほら、ここにある」と言って机の上に置いたりした。また、その際、丸子調査官の言動に関して高橋事務局員が荒川民商事務局に連絡の電話をかけ、更に、高橋事務局員から丸子調査官に対して「机を叩かないでくれ」との抗議が出されたということもあったことが認められ、これらの事実からすれば、当日の丸子調査官の言動には、冷静さを欠く点があったのではないかとも推認されるところである。

(5) 結局、当日も、丸子調査官は、なお調査ができないものとして、一時二〇分ころには、天内調査官を促して席を立ち、原告の事業所を退去してしまった。

3 右に認定したような二回にわたる臨場調査の状況からすると、荒川民商の事務局員数名が立ち会い、その立会の許否や調査理由の明示をめぐるやりとりに終始して二時間もの時間を経過してしまったという六一年九月九日の調査についてはともかく、現に帳簿書類の入ったダンボール箱が準備され、その一部については原告側が箱から取り出して机の上に提示して見せるといった行為まで行われているのに、約二〇分間という短時間で被告側が調査を切り上げてしまった六二年二月一八日の調査については、その際、被告側係官において、ある程度の時間をかけて冷静な態度で調査を継続し、原告のもとで所要の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認しようとしていれば、これを確認することが可能な状況があったのではないかとの疑いを否定できないものというべきである。

確かに、右の二月一八日の調査の際にも、荒川民商の高橋事務局員一人はその場に立ち会っていること、前回の九月九日の調査の際には荒川民商事務局員の立会の許否の問題や調査理由の明示の問題をめぐるやりとりのみで時間を経過してしまっており、当日もまず冒頭ではこれと同じようなやりとりが行われていること等からして、被告側係官としては、当日の調査についても、原告側の協力を容易に得られないものと判断したことにも無理からぬところがあるものと考えられる。しかし、少なくとも右二月一八日の調査に限っていえば、原告の方では、前回とは異なり、立会人を直接原告の決算書類の作成を手伝っていた高橋事務局員のみとし、被告係官の求めに応じて帳簿書類の入ったダンボール箱からその一部を取り出して机の上に置く等して、調査に応じる態度を示していたのであるから、被告係官において、短時間でその場から退去することなくそのまま調査を続けていれば、所要の帳簿書類の備付け等が正しく行われているか否かを確認できたのではないかとも考えられるのである。

そうすると、本件青色申告承認取消処分については、被告がその処分理由として主張する事実の存在を肯定することに疑問があることとなるから、その余の点について判断するまでもなく、右処分は、違法として取消しを免れないこととなる。

三本件更正及び本件決定の適否について

本件更正及び本件決定が本件青色申告承認取消処分を前提として行われたものであることは前記のとおりであるから、右青色申告承認取消処分を違法として取り消すべき以上、本件更正及び本件決定もまた、違法なものとして取り消されるべきである。

四結語

よって、原告の請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官小林昭彦)

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